#9 流産と手術、そして妊活のおやすみ ―“ありがとう”も“さよなら”も、まだ言いたくなかったけど―
小さな命が宿ったあの日から、
私たちの毎日は、期待と不安の間を行き来するようになった。
そして、あの日——
「心拍が確認できませんでした」と伝えられた日、
世界が静かに止まった気がした。
妻の手術の日、
「これが最後になるかもしれない」と思って、
心の中で何度も“2mmちゃん”に呼びかけた。
あなたには、「名前をつけた存在」との別れを経験したことがありますか?
ほんのわずかな時間でも、そこに「命があった」と感じた記憶――。
あの日のことを、今でも私たちは忘れられません。
今日は、あの数週間の記録を書こうと思う。
あまりにも静かで、あまりにも確かな、命とのお別れの話を。
流産を知らされた日のこと
期待よりも、祈りの方が強くなっていた
私たち夫婦は陽性反応が出てから、期待よりも祈りの方が日に日に強くなっていきました。
「健康に生まれてきてきてくれれば、それだけでいい」
本当にそう思いました。そう祈りました。
祈りなんて意味がないことは知っています。
しかし意味がないことでも、やれることはやらないと気が休まらない状態でした。
とにかく何かしたい、何かしてあげたい。今できるすべてを。
そう思って、祈る日々でした。
「流産だって」と届いたLINEの一言
「心拍が確認できませんでした」——LINEに届いたその言葉を、何度も読み返しました。
目の前の景色がぼやけて、返信の言葉がなかなか打てませんでした。
心拍が確認できず、前回の検診からほとんど育っていなかったようでした。
また実感ができませんでした。
けど、芽生えてきた父になる覚悟や夫婦から家族になる思いが奪われたの実感できた・・・気がする。
自分でも何を言っているのか、よくわかりませんし整理できていません。
うまく言語化ができません。
心拍確認ができなかったことを実感するのには、まだ時間がいると思う。
もう少し、時間をください。
手術当日と、最後の別れ
手術当日の朝、祈ることしかできなかった
手術当日の朝、私は妻を病院へ見送りました。
妻の、母体の無事を祈ることしかできませんでした。
妻が不安がるといけないから、私は妻の前で不安な顔を見せないようにしていました。
演技をするのは得意な方だと思っていましたが、今までした中でいちばん難しい演技でした。
「生まれてきてくれてありがとう」とやっと言えた
実感がなかったり不安だったり戸惑ったり。
妻の身体を思ったり、家族としての覚悟や決心が芽生えたり。
この一ヶ月、ずっと走ってきたように思います。
それがいきなり止まっちゃった。
遅くなってしまった。
本当は顔を見て伝えたかった。
でもできなくなってしまった。
出産もしてないし、どこからがヒト扱いなのとか
難しい話はよく分からないけど。新しい命は、たしかに生まれたんだ。
「生まれてきてくれてありがとう」
やっと言えた日でした。遅くなって、ごめんね。
この日だけは泣いていいと、自分に許した日
手術に行く直前に、妻はおなかに手を当てながらこう言った。
―――もう最後だよ。
僕は平気なフリをした。
妻を見送った。
妻を見送ったあと、私は声を殺して泣きました。
だけどこの日だけは泣いてもいいと、自分に許した日でした。
私たちが授かった命。小さいけれど、たしかにそこにいた。
2㎜ちゃんなんて愛称もできて、8㎜になっても2㎜ちゃんって呼び続けてた(笑)
まだあなたは体もできていないのを分かっているのに、「今蹴ったよ」なんて言って2人で喜びあったりもした。
そんな一ヶ月の、私にとってすごく長い長い一ヶ月の記憶が走馬灯のように駆け巡りました。
今日だけは、泣いてもいいんだ。
妊活を一度おやすみするという決断
焦って前に進まないといけないわけじゃない
年齢相応、焦る気持ちは正直あります。
生まれてくるときには自分は〇歳で、成人したら〇歳で。
お金とか時間とか、大丈夫かなぁ。
むしろ焦る気持ちしかありません。
妊娠出産は早ければ早いほどいいってものではないですが、遅ければ遅いほどいいというものでもないですし。
ですが焦ってタテマエだけ整えても、そのあとに焦った分だけ”歪み”が出ると思うんです。
妻の身体も悪くなりますし、身体だけでなく心もそうでしょう。
そうなったら夫婦の距離も離れていくと思います。
そうまでして、妊娠出産を急ぐべきなのでしょうか。
妻の心と身体の回復を最優先にした
何度も同じことを言いますが、焦る気持ちはとてもあります。
けれど妻の心と身体の回復を最優先しました。
この数カ月をお休みしたって、今は長く感じるけど人生単位で考えたら短いものです。
焦って夫婦関係や妻の身体を壊すくらいなら、むしろこの機会を「夫婦の信頼を積み上げる期間」にしようと決心しました。
「またふたりで始めよう」と言えるまで待つ時間
妊活って、結果が大事なように見えて過程もすごく大事だと思うんです。
焦って子どもができてタテマエ的には結果が出ても、夫婦関係が壊れてしまっていた。
これではなんのために子どもができたのか、子どものためにも夫婦のためにもならないと思うんです。
だから、
「2人でまた妊活を始めよう」と言えるまで待つ時間なのかなって、思ってます。
子どもと一緒に、夫婦関係も健やかに育てていきたいですし。
それが子のめにも妻のためにも、そして私のためにもなります。
一旦妊活はお休みです。
焦りがあるため時間は長く感じますが、それでも大事な時間。
今の夫婦関係ならこの時間も”あっという間だったね”と言えるのを、私は知っています。
だから安心して待っていられる。
それでも、あなたがいたことは消えない
あの子に名前はなかったけど、
私たちは「2mmちゃん」と呼んで話しかけていた。
生まれてこれなかった命だけど、
確かに、私たちの時間の中には存在していた。
喪失感を抱えても、
私たちは夫婦として、また歩いていけると思えたのは、
ちゃんと悲しんだからだった。
悲しみを抱えることは、弱さじゃない。
大切に思っていた証だと、今では思っている。
