妻に渡すつもりで書き続けている記録がある ──「ふよふよつ~しん」という、私たちの通信技術

私には、今は誰にも見せていないノートがあります。
妻に渡すつもりで、ひとりで書き続けている記録です。
そのノートの名前は「ふよふよつ~しん」。

このノートは、走り書きで整ったものではありません。
1冊目はすぐに、終わってしまいました。0巻とします。
2冊目は現在、書き連ねています。1巻とする予定です。

このノートは、ときが来たら、妻に渡す予定です。

今日は、そのノートの話をしようと思います。

「ふよふよつ~しん」は、もともとノートの名前ではない

“ふよふよつ~しん”というノートの名前。
元々は、ノートの名前ではありません。

私たち夫婦が頬っぺたを合わせて揺らす。
そして、ふよふよ~。
ゆるくやわらかく気持ちをなんとなく伝える通信技術の名称。

それが、ふよふよつ~しん。

ふよふよつ~しん3Gは、ふよ~・・・ふよ~・・・♪
ふよふよつ~しん5Gなら、ふよふよふよふよ~♪

はいばら通信コネクション

アナログ通信のため、きもちが正確に伝わることも伝わらないことも。
だけど、なんとなく、ゆるく。

ニンテンドーDSのローカル通信みたいなものです。
近くにいないと、つながらないやつ。
気づいたら、いつの間にかつながっていた、あの感じ。

そして、だからどうしたという話ですが、
この名前をつけたのは、私です。

「子どもができたら、ふよふよつ~しんしたいね」
なんて、陽性判定がずっと前から夫婦で言っていたりしました。

その名前を、記録ノートに借りた

ふたりのこの通信技術の名称が転じて、ノートの名前になりました。

気持ちを、正確に伝えたかったわけじゃない。
事実を、綺麗に残したかったわけでもない。

それより、
今の感情や温度が、ゆるく、やわらかく温かく、届けばいいなと思ったんです。

気持ちなんてそもそも、どうやったって100%正確に伝わるものでもないです。
なのにそれに注力しすぎたら、疲れてしまう。

事実を綺麗に残したいなら、スケジュール帳に綺麗にまとめた方がいい。
それならもう、手元にある。

私は、今の感情や温度を残して伝えたい。

だから、この記録は整えていない

ゆるく、やわらかく、なんとなく、がふよふよつ~しんなので、
整えず、適当に。

伝わらないことも、伝わることもある
なんとなく、ゆるく。

それよりも、今の、この瞬間の感情の温度を逃したくないんです。

だから、
感情に全振りして、勢いで書いています。

母子手帳をもらって説明を受けて、父親としての準備に対する意識が高まったなどの、すごく真面目な話もある。
かと思えば、検診が良い結果で嬉しくてにんにくラーメンを食べて替え玉まで入れたら吐きそうになったがこれは父親になる試練だ!と思った、なんてくだらない話もある。

整えてしまったら後者の内容なんて絶対書かないけれど、
私の感情が揺れ動いたのは、事実。

「あ、こいつ何かにつけてラーメン食ってんな。」
これが私なので、いいんです。

綺麗に、整えてしまっても、それは私ではありません。
それを妻や子に伝えても、何の意味もないです。

あと、ゆるく適当に書いた方が、
未来の自分を縛らないのかな、とも思っています。

今後、このふよふよつ~しんを振り返ったときに、
今見えていない線を見つけて、理解が深まったりするのかな、と。
すると、もう一段階二段階、深い自分と出会えるのではないでしょうか。
なので、この程よい適当さ、緩さが、未来へのいい材料、断片になる。
私はそう、思っています。

そもそも、原点を綺麗に整えすぎたら、始点が”ありのままの自分”からズレてるんです。
当然、振り返りもズレた自分からすることになります。
結果、綺麗な整えられた想像の自分と、実際の適当な自分とのギャップに縛られることになります。
そのため、見映えはよくても、綺麗に整えることはしていません。

いつか渡す、という時間まで含めて

このふよふよつ~しん。
今は妻に見せていません。出産後に渡す予定です。

今から出産までの「時間」も含めて贈り物になるのかなと思っています。

話は少しそれますが、今日散歩のときに
「こんなことがあったとか日記をつけないといけないね☺」なんて妻が言っていたんです。

その日記を、隠れてつけているので、渡す日が楽しみです。

それを楽しみに、今を。

このノートの記録は、未来の私たちにどんな影響を与えるか、今は分かりません。
でも、書き続けている理由だけは分かった気がします。

子どもが生まれたら、
ふよふよつ~しんは、きっと少し形を変えていく。

それを楽しみに、
今日もまた、今を記していく。

コメント

タイトルとURLをコピーしました