年末年始に、妻の実家に行きました。
そのとき、妻の古い写真を見せてもらいました。
学生時代のものから、幼少期のものまで。
妻がどんな子どもだったのかを想像しながら、写真を眺めていました。
自分の子ども時代の話もしたりして、
夫婦で、ゆっくり楽しめた時間だったように思います。
こういう「子ども」という存在が、
私たちのもとに、もうすぐ生まれてくるんだなぁ。
そんなことを、ぼんやり感じていました。
ただ、生まれてくる乳児と、
写真に写る妻の幼少期は、あくまで別物です。
乳児と幼児では、距離が遠い。
いずれ幼児になるとしても、
今の私には、あまりリアリティがありません。
だからこそ、
それらは別のものとして認識できていました。
しかし、
そこにあった一枚の写真を手にした瞬間、
私の感情が、大きく動きました。
それは、
妻が乳児だった頃の写真です。
まだ、私たちの子どもの性別は分かっていません。
それでも、その写真を見たとき、
「こんなかわいい子ならいいな」と、
感じずにはいられませんでした。
どちらかの性別を強く願ってしまうと、
もしそうでなかったときの
自分の気持ちの揺らぎが、少し怖い。
それでも正直に言えば、
妻のような、かわいい女の子だったらいいな、
と思ってしまったのも事実です。
女の子がいい。
男の子は嫌だ。
そういう短絡的な話ではありません。
この感情は、この感情として、
大切にしておきたいなと思いました。
性別が分からない「今」だからこそ、
残せる気持ちだと思ったからです。
性別が分かるまで、
性別に対する、いろいろな気持ちを
残していきたいなと思います。
今回、
妻の乳児のころの写真を見て、
とても暖かい気持ちになりました。
性別がどちらだったとしても、
子どもの性別について考えるうえでの
起点になる出来事だったと思います。
年始に、
とても良い経験ができました。
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