性別が分かるのは、もう少し先らしい。
分かってしまえば、
きっとそれが「当たり前」になる。
もう片方の性別について考えていたことが
一瞬にしてなかったことになる。
でも今は、
男の子かもしれないし、
女の子かもしれない。
この、何でもありの時間が
今は楽しいし好き。
今しかないとき、大切にしたい。
性別が分かる前だけの、ふわっとした時間
男の子だったら、
こんなことを一緒にするのかな~、
とか考えてみる。
やっぱり想像するのは、キャッチボールだ。
スポーツ親子でもなんでもない私だけれど、
今だに父とキャッチボールをした記憶を大切にもっている。
とか。
女の子だったら、
どんな距離感になるんだろう、
と想像してみる。
あ~、お父さんクサい!とか言われるのかなぁ。
思春期難しそ~!
とか。
そうやって夢想していたかと思えば、
次の瞬間には急に現実的になって、
まだ早すぎる、ゆくゆくの教育面とか金銭面のことを考えている。
とか。
ふわっとした気持ちと、
現実的な思考が、
頭の中を行ったり来たりしている。
それが心地よかったり。
分かってしまったら、できなくなる思考
性別が分かったら、
きっと想像は一気に具体になるよね。
名前を考えたり、服を選んだり、
未来を一本の線で描き始める。
全然早すぎる将来の話とかも、その延長線にある
それはそれで、
きっと楽しい。
でも、
今のこの
「どちらでもいい」
「どちらでも大切」
「どっちかな?」
という状態は、
その瞬間に終わってしまう。
確定した瞬間に、
反対側の、”じゃない方”になってしまった性別への夢想は
一瞬にして消えてしまうんだろうな。
そう思うと、今もう、ちょっぴりさみしい。
この気持ちは、今しか持てない
性別も、顔も、性格も分からない。
それでも、
すでに確かに存在していて、
もう想ってしまっている。
この未完成で曖昧な気持ちは、
生まれたあとには
二度と同じ形では戻ってこない。
いや、性別が確定した時点でもう
戻ってこない。
だから今はこの曖昧さを、
ふんわりだけど、ちゃんと味わっていたいんだよね。
性別が分かる日が来たら、
きっとまた違う喜びがあるんだろうな。
でも今は、
分からないからこそ広がっている世界が、たしかにここにある。
男の子でも、
女の子でも、
どちらでもなくても。
このときの思いを、
いつか子どもに手渡せるように。
今の私は、
ただこの”二度と戻らない時間”を
静かにふんわり、けど大事に大切に抱えていたいと思ってる
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