性別が分かる日が、少しだけ怖い

前提として、楽しみではあります。
あるはあるんです。

でもそれと同時に、
性別が分かる日が近づくにつれて、
自分の中に少しだけ、言葉にしにくいぼんやりとした感情が浮かんできました。

現実の始まり。
けれど、夢想の終わり。

今はまだ、どちらでもない。
だからこそ無責任に、好きなように想像できるし、
ワクワクしながら悩いでもいられる。

今日は、そんな
「性別が分かる前だからこそ抱いてしまった、少し怖い気持ち」
について書いてみようと思います。

性別が分かる前の、宙に浮いた時間

今のこの時期は、
まだ何も確定していないからこそ、
どちらの未来も、同時に存在しているんですよね。

男の子だったら、こんな感じかな~。とか
女の子だったら、こんな日常かな~。だったり

そんな想像を、
誰にも迷惑をかけず、
誰にも責められることなく、
自由にしていられる時間。

でも、
性別が確定した瞬間、
「じゃない方」の想像は、一瞬で消えてしまう。

正確に言えば、
消さなければいけなくなる?、のかもしれません。

それが、少しだけ寂しいと感じました。

もしも、正直な気持ちが顔を出したら

たとえば、無意識のうちにさ。

「女の子がいいな」
「男の子かな」

そんな風に、
どちらかを思ってしまっていたとします。

これは普通にあると思うんですよね
良い悪いではなく。

それで、
想像していた性別と実際の結果が“逆”だったとき。

ほんの一瞬、
「ちょっと残念だな」
そんな正直だけど、口に出せない感情が
ふわっと湧き上がってしまったら──。

きっとそれを、
誰かに話すことは一生ないとは思います。

でも同時に、
思ってしまった事実を忘れることも、一生ない
そんな気もするんですよね。

そういう
「もしかしたら引きずるかもしれない感情」が
生まれてしまうこと自体が、
少し怖いな、と感じていました。

戻れないと分かっているからこそ

たとえそれが杞憂だったとしても、
もうこの
「どちらでもなかった時間」
には戻れないんですよね。

だからこそ、
今のこの、ぼんやりしていて、
ふわふわしている感じが、
意外と好きだな、と思ったりもします。

もう一か月もすれば、
性別は分かってしまう。

ネガティブな感情、と書きましたけど、
よく考えたら、
どちらが分かっても、少し寂しい
そんな気もしてきました。

たぶんきっと、性別は
どっちでもいいし、どっちでも嫌なんだろうな。

どんな気持ちで迎えればいいのか、まだ分からない

正直なところ、
どんな感情でその日を迎えたらいいのか、
今はまだ分かりません。

健康で生まれてきてくれるだけで、
本当はそれだけで十分なはずなのにね。

贅沢な悩みだな、と思います。

それでも、
こんな風にぼんやりと揺れている今の気持ちも、
いつかきっと、
いい思い出になるんだろうな

とにかく今は、そう信じてみようと思います。

その日が来たら、
そのときの自分の感情ごと、
ちゃんと受け止められたらいいな。

性別が分かる前の、この時間を

性別が分かる日が、少しだけ怖い。
でも同時に、
今しか味わえない時間でもあるんですよね。

そんな矛盾した気持ちを抱えながら、
私たちは今日も、
少し先の未来を想像しています。

ふんわりと、ね。

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