心拍確認の前夜に思ったこと——結果よりも、歩いてきた時間に意味がある

「これで心拍なかったら、今までのは何だったんだろうね」
明日の心拍確認を前に、妻がふとこぼした言葉。
その一言が、胸の奥で静かに響きました。

妻を職場まで送り、家に帰ったら資格試験の勉強をして、
一息ついたらまたお迎えに向かったり。
妊娠の結果がどうであれ、この忙しくて静かで不安定で、
それでも“ふたりで歩いている”時間には確かに意味があると思った。

今日は、その気持ちを記録しておきます。

結果が出る前夜の不安と、“もしダメだったら”の気持ち

妻の言葉が胸に刺さる

「これで心拍なかったら、今までのは何だったんだろうね」
この言葉は、希望と恐れの両方が混ざった“妊娠初期の本音”だと思います。

前回の流産があるからこそ、
期待に振り切れない自衛がふたりの間にあります。

「喜びすぎると怖い」
「期待しないようにしてる」
そんな防衛線を引きながら、明日を待っています。

期待しないようにしてる、なんて言葉は、期待していないと出てこないんですけどね。
少しでも予防線を張って、心を保ちたいんです。

送り迎えと勉強の合間で気づいた、生活の中の結びつき

妊娠初期は、生活の形を静かに変える

車で妻を送り、帰宅してすぐ資格試験の勉強に向かう。
一息ついたら、また迎えに行く。
時短勤務のため、あれこれとやっていたらすぐにお迎えの時間。

結構、忙しなさを感じます。
でも、負担というより「役割」が自然に増えた感覚でした。

毎日のリズムが変わるのは、妊娠という大きな変化の影響。
その変化に、夫婦ふたりで調整しながらついていく日々。
慣れないのはどっちも一緒。

「大変」よりも
「守りたい」が上回る瞬間が増えたと思います。

これもまた、妊娠初期のリアルですね。
夫としての役割に、父としての役割が増えるといいな。

前回の流産を思い出しながら知った、“結果だけじゃない意味”

結果が伴わなかっただけで、あの日々は確かに意味があった

前回も陽性判定から流産に至るまで、私は詳細に記録を残していました。
その中で、同じように“夫婦の結びつき”を強く感じていました。

欲しかった結果が手に入らなかっただけで、
ふたりが何も変わっていないわけじゃない。

むしろ、夫婦としては確実に成熟してきていると感じています。

痛みも不安も共有して、話し合って、支え合った。
そのたびに、少なくとも私は、妻との絆の結びや妻への思いが強くなっているのを感じます。

だから今回も、もしどんな結果であっても、「意味がなかった」なんてことは絶対にないです。

ふたりで歩いた時間は、ちゃんと残っていますし、残します。
資格試験も近づいていますが、今日だけは、この記録を残すことを優先しています。

明日どうなるとしても、今日までの歩みには確かな意味がある

心拍があるかどうかは大きな分岐点で、
期待も不安もどちらも大きいです。

ですが、
「その結果だけで“今までの時間”の価値が決まるわけじゃない」とは、思っています。

送り迎えをして、
その車内で話したこと、見た風景。

生活を整えて、
役割やそれに伴う責任を感じたこと。

ふたりで慎重に、静かに、前へ進んできた日々。
前回よりさらに、強く結びつきながら歩いてきた時間。

結果は結果として受け止めます。

でも、今日までの歩みには揺るぎない意味があります。
そう感じられるふたりでよかったと思う。

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